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| 一澤喜久夫 画 |
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鶏合(とりあわせ)
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紀伊ノ国熊野水軍・熊野別当湛増(一説に武蔵坊弁慶の父)は、壇ノ浦合戦を前に源平いずれにつくべきか悩み、赤白各七つの鶏を勝負させて占ったが、いずれも赤が逃げたので、源氏に味方することをきめ、合戦に勝利したという。
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― 平家物語より ―
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絵の湛増は平安末期の萎烏帽子(なええぼし)、鎧直垂(よろいひたたれ)に籠手(こて)、脛当(すねあて)、脇楯(わいたて)の小具足(こぐそく=鎧をすぐ着用できるようあらかじめ着けておく甲冑の部品、またその装い、出装=いでたち)とした。
なお、鶏合せとは中国唐の明星(玄宗皇帝)が好み、清明の節に催した故事により朝廷では宮中清涼殿の南庭で上巳(じょうし=旧暦三月三日)の節句の景物として行われた。闘鶏、にわとり合せ。
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